船橋松陰塾 藤原校 の狭場です。

さて、先日に続き修養講義の更新です。
第九回目は、塙保己一を取り上げました。
彼を選んだ一つの理由は、修養講義実施日にリオパラリンピックが盛り上がっていたからです。
様々なハンデの中、私たちはたくさんの勇気をもらいました。
そして塙保己一もまた、盲目というハンデを持ちながら偉業を成した素晴らしい人物です。

塙保己一は、江戸時代の国学者です。
農家に生まれた保己一は、7歳の頃に失明しました。
そのため、皆と同じように勉強ができませんでしたが、手のひらに文字を書いて覚えたそうです。
15歳になり、江戸に行きます。
当時はしきたりがあり、目の見えない人は「盲目一座」に入り、頭を丸め琴や三味線、マッサージの修行をすることになっていました。
ですが、不器用な保己一は上達しませんでした。
その一方で、抜群の暗記力があったようです。
そんな保己一を見かねた師匠は、三年間の期限付きで、学問に専念させる計らいをしました。
喜んだ保己一は、見事に才能を開花させます。
もちろん目が見えないので、本は誰かに読んでもらい暗記します。
ある日、保己一自身が両手を縛っていることに本の読み手が気付きました。
どうしたのかと尋ねると、「読んでもらっている時に蚊でも止まって、手でパチンと打ったりしたら、その箇所を聞き逃してしまうからです。」と答えたそうです。
凄まじい集中力です。
やがて保己一は、日本に古くから伝えられる貴重な書物を集めて、次の世代に伝えていきたいという大きな夢を持ちます。
それから41年後、「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」の出版として夢を叶えることができました。
当時はコピー機なんてありません。桜の木に彫られた版木は、なんと17244の数を達したのです。
この偉業は、海外の偉人にも受け継がれました。
有名なヘレン・ケラーです。
昭和12年、ヘレンが来日した際、渋谷の温故学会で保己一の像に触れ、「私は塙先生のことを知ったおかげで、障害を克服することができました。心から尊敬する人です」と述べたのです。

今回の修養講義では、塾生に「~だからできない」「~だからもうだめだ」という言葉の前に、塙保己一という偉大な日本人のことを思い出そうと伝えました。

講義後のアンケートでは、こんな言葉も見られました。
「こんなにも恵まれた環境の中にいるのに、やらなければいけないことを後回しにする自分が恥ずかしい」

恵まれているからこそ、私自身も気付かなければいけないことがあると感じました。

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