船橋松陰塾 藤原校 の狭場です。

10月も後半です。
最近寒かったのですが、今日は秋晴れで暖かい日でした。

さて、今日は更新がたまっている修養講義です。

第七回目の更新ですが、実は6月に行った修養講義です。
取り上げた人物は、永井隆です。

永井隆を取り上げた理由は、今年の5月27日にオバマ大統領が広島の平和記念公園でスピーチを行ったからです。
時事問題も絡めて、原爆について塾生と考察しました。

永井隆と言えば、随筆家であり医師でもあります。
放射線医学を専攻し、長崎医大で長期に渡り放射線研究を行いました。
その結果、白血病と診断され余命3年の宣告を受けました。
この宣告から二か月後、ファットマンと呼ばれる原子爆弾が長崎に投下されたのです。

永井隆は、爆心地から700メートルの距離にある長崎医大で被爆しました。
右側頭動脈切断という重症を負いながら、布を頭に巻いて救護活動にあたりました。
ここでは割愛しますが、妻の緑さんの遺体を彼自身が見つけます。
この話は、想像するだけで胸が締め付けられます。

妻を亡くし、重傷を負い、残された命も限られている中、彼は希望を見出します。
それは、目の前に現れた全くの新しい病気「原爆症」の研究をするということです。
翌年には、長崎医学会にて「原子病と原子医学」をテーマに研究発表を行いました。

永井隆は、1951年に43歳で亡くなります。
重傷を負いながら、余命3年の倍を生きました。
その間に、「長崎の鐘」や「この子を残して」など多くの著書を残しました。

今年、戦後71年にして初めて、アメリカ大統領が広島の地を訪れました。
オバマ大統領のスピーチは、大きな感動を呼びました。

そして、私たちは考えなければいけません。
日本は世界で唯一の被爆国です。
多くの人々が犠牲になりました。
その中に、永井隆という素晴らしい日本人がいたことも忘れてはいけません。

私はこう思います。
日本人だからこそ、生まれ育った国が背負っている歴史を学び、真剣に日本という国のことを考えなければいけないということを。

このことを塾生に投げかけました。
これから多くを学び、自分自身で考えた意見を堂々と発言できる大人になってもらいたいものです。

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